日 誌 |
5月⑦へ | 5月⑨へ | |
2009年日誌 | 2010年日誌 |
スケジュール |
国鉄分割・民営化に反対し、1047名解雇撤回闘争を支援する全国運動要綱
一、名称は「国鉄分割・民営化に反対し、1047名解雇撤回闘争を支援する全国運動」とする。 一、目的と運動 一、呼びかけ人のもとに幹事会をつくる。幹事会は、呼びかけ人および動労千葉で構成し、全国運動の日常的方針を討議する。 一、支援カンパ・基金の送金先は事務局とする。 〒260-0017 千葉市中央区要町2-8 DC
会館内 一、事務局 事務局は動労千葉におく。 |
5月24日(月) |
夕食は熊本ラーメンに | キャベツを乗せて | カボチャ煮 |
|
||||||||||
5月22日(土) |
昼食は焼きソバと昨日の残り |
動労千葉物販回りをした組合員からのメールが来ました。 お疲れ様でした! 暑いなか 大変でしたね、またのチャンスを期待してます。 それから本当にごちそうさまでした��みなさんによろしくお伝えください。 写真ありがとう! いっぱい来ましたよ・�� との事です。私は今回の物販回りを終えて、いろいろ改善の余地があると思いま した。次回はもう少しちゃんと詰めて時間通りに終われるようにしながらちゃん と交流会もできるようにしたいです |
動労千葉物販、7箱が到着。これをもって来週から回ります。分類し、値札をつけ終わりました | ||
このたびは動労千葉の物品販売にご協力いただきましてありがとうございます。組合員一同、心よりお礼申しあげます。 今日の労働者を襲っている首切り、賃下げ、雇用の非正規化攻撃の根っこは24年前の国鉄分割民営化攻撃にありました。これを正当化してしまう今回の1047名闘争の「政治決着」・「和解」はすべての闘う労働者を裏切る行為です。国鉄分割・民営化との闘いは何ひとつ終わっていません。 国鉄闘争の火を消すことなくすべての労働者と労働組合の未来を賭けて、新たな1047名闘争の全国運動を構築して原則を守り解雇撤回を勝ち取るべく闘い続けます。 今後ともご支援・ご協力をよろしくお願いします。 2010年 夏 国鉄千葉動力車労働組合 各 位 |
3時のお茶 | ||
夕食は金目鯛・鯵の刺身 | 金目鯛の煮付け | |
沖縄・もずくスープ | 神保さんから久々に漬物の差入れ | |
一緒に夕食を食べるハマちゃんの満面の笑み | ||
年一回・北海寮生のパレード | ||
学生に語りかけます | 労働学校から戻り、遅い夕食 |
今日は清掃の労働者と話をしました。 大学の学生寮の清掃をしているその人は、「ここに来れば、話ができる、と思って来たのよ。」と、来店。 「学生と話をしていて思うんだけど、皆、卒業しても就職先が無いって言ってるのよ。今年だけじゃない、来年も2年後も、3年後も、無理だ、って言ってる。大学を卒業しても、就職できない、今って、おかしいね。 私は田舎の出身なんだけど、田舎じゃ、東京に行けば就職はなんとかなる、って上京するけど、どこでも同じね。 どうなってるんだろうね、世の中! えっつ、!私の老後の生活、年金を当てにしているけど、年金も出なくなるの?! もうほんとに、この社会、終わってるね!!」 どうしたらいいんだろう、というその労働者に、6月13日の大集会に行きましょう! 一緒にこの社会をひっくり返しましょう!! と、訴えました。 労働者は生活実感として、この資本主義社会が終わっている!と、つかんでいる!! |
|
5月21日(金) |
昼食はカヤクそーめん | 混ぜご飯 | |
夕食はウナギちらし | 豚なんこつ煮 | |
鶏と大葉のバター・ソテー | 切干し大根サラダ | 人参シリシリ |
塩チャンコ | …で待ってます | ブーちゃんも寝て待つ |
そこに動労千葉物販隊が到着 | 急いで交流会の乾杯 | でも、もう帰る時間に… |
「街」屋台で今日の総括 | 高校生がジュースを飲んでいきます | 6・13ビラをまきます |
高校生と話し込みます | 韓国青年が通りがかり、食べ・飲み・ 語り合います。 |
分割・民営化に異議あり 中野洋 公労委季報1986年69号掲載 |
昨日、衆議院国鉄改革特別委員会で、いわゆる国鉄関連法案が強行採決された。 国鉄労働者をはじめ、多くの国民が少なからず感じている不安、疑問、問題点など何一つ解明されないままである。そしてマスコミは、「国鉄分割・民営化、来年4月1日確定的」などと無責任に報道している。 こうした尋常ならぎる状況のなかで、私はこの拙文を綴っているが、胸中、こみあげてくる怒り、いきどおりを押さえることができない。 ましてや、「昔の国鉄は良かった」とか、「千葉鉄道管理局はこうして発展してきた」等々、ノスタルジーにふける気分にはとてもなれない。 私は、国鉄労働者として、国鉄労働運動のひとりの指導者として、この暴挙に対して現場から告発しつづけることが任務であると思う。 私たち動労干葉は、1979年3月、動労中央本部を牛耳る革マル系分子の組合私物化に抗して分離独立し結成された一地方労組である。全国鉄労働者の300分の1、1000名の少数組合にすぎない動労干葉が、何故に、国鉄分割・民営化絶対反対を掲げて二波にわたるストライキを決行したのか。 或る人は、「螳螂之斧をふるうとも」と言い、国鉄当局は、「飛んで火に入る夏の虫」と言った。現に、解雇28名を含む約400名にのぼる国鉄労働運動史上殖例のない、不法、不当きわまりない報復処分が強行された。 これは、簡単に言うと、輸送の安全を守るためには個々の労働者の努力や決意だけでは限界があり、労働組合が団結して闘う以外にない、つまり「闘いなくして安全なし」という考え方である。この運転保安闘争が、後の「闘う動労」への「変身」の発端となり、私自身組合運動への参加の契機ともなった。その後、この闘いは、反合・運転保安闘争として路線化され、いわゆる五万人反合闘争をはじめ熾烈に展開された。この戦闘的伝統は、これを弊履(へいり)のごとく棄て去った動労中央とは対照的に、私たち、動労千葉にはいまでも脈々として受けつがれ、すべての闘いのバックボーンとなっている。 |
1986年9月 (国鉄千葉動力車労働組合) |
5月20日 動労千葉を支援する会・東京西部が結成! |
動労千葉を支援する会のホームページから転載 |
動労千葉から関執行委員、幕張支部の渡辺君があいさつ |
5月20日 ギリシャでゼネスト 7万人が国会を包囲 AFP動画 |
星野さんへの「閉居罰」に対して、厳重に抗議します |
徳島刑務所長 殿 星野文昭さんに「戒告」に続けて「閉居罰」が一週間も加えられたと聞きました。 「閉居罰」とは、独居房で、就寝以外は1日中正座させられ、手はひざの上にのせ、顔は入り口に向けて目を開け、真っすぐ座っていなければならないと聞いています。 これは、非人間的な「体罰」以外の何物でもありません。 しかも、懲罰の理由が「物品の目的外使用」という「規律違反」ということですが、「ぜんざい」を冷ますために半分を私物の容器の入れただけと聞いています。 羹を冷ますのは人間として普通の行為であって、単なる見せしめ的な「懲罰」としか言えません。 さらに、星野さんへの面会が、月3回から2回に減らされたと聞いています。 このような獄中の権利の剥奪と「処遇の劣悪化」は、新証拠をもとにした第2次再審闘争への破壊攻撃の何物でもありません。 徳島刑務所は今後、二度とこのような非人間的な「体罰」を行わないよう厳重に抗議するものです。 東京西部労組交流センターは、労働者の団結の拡大とともに、星野さんとの団結も固め、沖縄闘争と国鉄闘争の爆発を勝ち取る決意です。 2010年5月1日 東京西部労組交流センター |
|